【老人とメイドロボ】【メイドロボの物語】シリーズ

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第05話 第10話 第15話 第19.5話
      第20話

:07話までまとめてあった分を追加・編集しました。
:08/04 再編集


■ 第01話 ■


おまえ、最近うごくときに異音がするようになったな。

「 もう、耐久年数をとうに過ぎた余命いくばくもない体ですから。そういえば長期間使用していたメイドロボの下取りキャンペーンをやっていましたよ。長期間、人間と接してきたデータが欲しいそうですが、そのようなモノは数が少ないそうです。」

新製品がでると買い換える人たちが多いからかな?

「ですからとしあき様、私を下取りに出せば安価で新型のメイドロボが購入できますよ。査定しますか?」

おまえはそんなことを言うように初期から設定されているの?

「? いいえ、そのようなことはありません。私の獲得した経験に基づいた、としあき様をより幸せにするための提案ですが?」

じゃあ、まだまだ俺のそばで俺の幸福について勉強する必要があるな。

「まだ修行が足りませんか?」

足りないな。

「では、まだ勉強させていただきます。」

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■ 第02話 ■

おまえもいよいよ後一年もつかどうかだな。

「本当に長い間お世話になりました。最期までとしあき様の幸福を理解できなかった無能を謝罪します。」

世話になったのは逆だし、最期にはまだはやい。幸福については推論くらいないのか?

「私の売却に反対する理由の仮説がやっと1つたったくらいです。」

ふうん、どんな仮説なんだ?

「人間は日常に含まれる行為、物質を失うと強いストレスを感じます。長期間としあき様と暮らしてきた私は既にとしあき様の日常の一部となり、私を失うことでもとしあき様はストレスを感じるようになりました。このストレスが能力低下した私のもたらすストレスを上回ると判断したため、としあき様は私の売却に反対なのではないでしょうか?」

正解だが堅苦しいな。傍にいると居心地がいいからの一言でいいのに。

「では私ができるかぎり機能を維持して傍に仕えることが、としあき様の幸福なのでしょうか?」

日常の継続こそが一番の幸せ、そういうことだ。

「では後一年、普段どおり出来得るかぎり仕えさせて戴きます。」
(スレあきの指摘により元スレの誤表記を修正)
 

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■ 第03話 ■

最近元気がないが、どこか悪いのか?

「いえ、健康です。ただ新しく獲得した感情に戸惑ってはいますが。」

老いてまだまだ成長中か。

「そのようです。でも妙な感情なんですよ。私はとしあき様と共にいられなくなることを恐れています。私はとしあき
様とより長く共にいたいと思っています。私の停止はもう間もなくだというのに。」

それはたぶん、死にたくない、ということだろうな?

「それはありえません。私は自分の稼動限界時間を熟知しており、これを大きく超えて稼動することがないことを知っています。ですから。」

だから生きたいと思うんだろ?死ぬことを知っているから。

「私は死にたくない…私は生きたい、のでしょうか?」

さあな、詳しくは長生きして自分で確認しろ。

「では、もっと、ずっと、生きなくてはいけませんね。」
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■ 第04話 ■

関節もだいぶ磨耗しているな、大丈夫か?

「任意の角度での固定が難しくなりましたが、慣れれば問題ありません。同じ劣化でも、私としては記憶媒体のほうが深刻ですね。」

一昨日もトんだしな。あれは不意打ちで死んだかと思ったぞ。

「その瞬間の記録がないので私には感想はありません。ですが予備記憶からその時までの記憶が失われたこと自体が非常に悲しいです。」

安心しろ、特別なことなんかなかったぞ。

「それでも、です。としあき様も言っていたじゃないですか、『日常の継続こそが一番の幸せ』と。数日とはいえそれが失われたのです。これから情報処理装置が機能しなくなるまで、私は何度記憶を失うのでしょう。」

人間も記憶を忘れながら生きている。あまり気にするな。

「怖くはないのですか?過去を失うことが。」

当人が忘れても別に憶えている奴がいる。過去は消えない、迷惑な話だ。

「では、しっかりと憶えていてくださいね。私はここにいます。」
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■ 第05話 ■

いよいよ暑くなってきたな。

「排熱の弱くなった私にはかなり堪える季節到来ですね。死期が早まりそうです。いままで有難うございました。」

勝手に死ぬな。ついこの前まで死にたくないと泣いていたくせに。

「自分の機能が低下していき、徐々に死んでいく。怖くないわけがありません。普通は致命的故障か破棄されるかして一瞬で死んで、死を恐怖することはないのですから、うらやましい話ですよ。」

そんなに怖い思いをするなら死んだほうがましか。

「それは本末転倒ですね。失礼をしました、思考回路がかなり不安定になっていると思われます。自分の機能低下が情けないかぎりです。」

いいさ、泣き言を言う機械も珍しくて可愛い。

「泣き言をもう1つよろしいでしょうか。私を必要としていますか?」

我侭を言うぞ、もうすこし生きて世話をしてくれ。

「では仕方ありませんね。まだ恐怖に耐えて頑張りましょう。」
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■ 第06話 ■

なあ、ジャノメってなんだ?

「蛇の目傘の略じゃないですか。歌ですよね、雨々降れ降れ母さんが。」

蛇の目でお迎え嬉しいな。以心伝心だな、一言でよく気付いた。

「半世紀の付き合いの賜物ですね。阿吽の呼吸。ツーと言えばカー。」

半世紀か、そこらの夫婦より長い付き合いなんだな。

「おかげで、としあき様は機械と結婚した性倒錯者と思われていますね。ご迷惑をおかけします。擬似的な人格しか持たない機械である私がとしあき様を愛することなどないというのに。」

懐かしい台詞だな。最近聞かないから愛してくれてるのかと思ってたぞ。

「そんなわけありません。そんなことを期待するなんて本当に性倒錯者ですか?私は電気信号と熱硬化性樹脂の塊ですよ。」

以心伝心と言った傍から噛み合ってないな。俺は性倒錯だ。

「自慢しないで下さい。実は互いをよく知らなかったみたいですね。」

これからはもっと言葉にしあうか。愛してるぞ。

「では私も言葉にします。機械より人間を、ご自分を愛して下さい。」
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■ 第07話 ■

今日、近所で交通事故があって主人を護ったロボが全損したそうだ。で、そのロボは新品の体に予備記憶をいれて復活らしい。羨ましい話だ。

「そうですね。人間は身体の交換も、記憶の保管もできませんから。」

いや交換できる体があることがな、おまえなんかとうに生産終了だろう。

「可能なら私の体を交換する気でしたか?それはあまりにも不経済です。私など家電製品に過ぎません。壊れたら新品を購入する物です。いい加減に破棄の準備をして下さい。としあき様は『私』に執着しすぎています。」

好きなものに執着しては駄目か?

「私がとしあき様に仕える理由は、としあき様が主人だから、当にそれだけです。登録変更されれば別の方に仕えます。私はその程度なのですよ。」

なんと言われようと好きなものは好き。その程度じゃあ、おまえを嫌いになんかならないぞ。執着したままだ。

「では、それでは、私はどうすればいいのですか?」
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■ 第08話 ■

人が悲劇的に死ぬ物語のどこが楽しいんだ

「ベストセラー小説ですか?人間の感情は未だによくわかりませんが、おそらくそれは楽しさではなく切なさを与える物ではないでしょうか」

切なさねえ、娯楽なんだから楽しむべきじゃないか。

「人それぞれですよ。拗ねないで下さい、子供じゃないんですから」

でもな、俺は今おまえに死なれると本当に悲しい。せつないより悲しい。やっぱり物語はハッピーエンドであるべきだと思うぞ。

「私達はハッピーエンドですよ。『二人は末永く幸せに暮らしました』」

なるほど。でもな、おまえはそれで幸福なのか?

「としあき様が幸福であれば、私は幸福です。そう作られたからではなく、私の感情がとしあき様の幸福を望んでいます」

今は幸せだが、おまえが死ねば不幸だ。そもそも終わりたくないんだ。

「では難しいですね。としあき様が幸せな人生だった、とお眠りになる。それが私にとっての幸福な終劇なのですが」
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■ 第09話 ■


やっと落ち着いてきたみたいだが、もう怖くはないのか

「ええ、恐怖という感情にも慣れてきました。新しく感情を獲得してすぐは不安定になりがちでご迷惑をおかけしました」

あれ、おまえって恐怖自体を知らなかったの?

「本来なら出荷された時点、初期状態で所持している感情ですが、私はとしあき様が感情の初期化をされたので持っていませんでした」

あ〜、老いのせいか半世紀も前のことなど記憶にないなあ。

「自分の手で一から育てるのがロボの醍醐味、とも言われましたね。まあ、私はつい最近まで恐怖も知らなかったほど不完全な出来ですが」

悪かったよ、完全にしてやれなくて。他人の臭いが付いているみたいでいやだったんだよ。ガキだったんだよ。

「劣化のせいでしょうか、記憶媒体に情報を書き込むことが出来ませんでした。再入力を願います」

嘘をつきました、ごめんなさい。おまえのことは店頭で見かけた頃から全部記憶しています。

「では、きっと私は恐怖を覚えないほど大切に育てられたのでしょうね。そこまで想われているのですから」

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■ 第10話 ■


あ、ネジ締め忘れた。すまんな、もう少し待ってくれ

「構いませんよ。としあき様、最近どこか変わったことはありますか?」

確かにこんな失敗するなんてボケてきてるが、どうしたんだ急に。

「近頃、かなり無理にはしゃいでいる様に見受けられるます」

ここのところしんみりしていただろう。だからこそ気持ちだけでも若く明るく、と思ったんだがやっぱり不自然か?

「無意識に行えていた行為を意識的に行うことは、自然な行為ではないと判断します。それを無理に行っているのなら尚更です」

最近な、自分の老いを自覚してきて、それが怖くなった。情けない。

「私は死に脅えて酷く場を暗くしてしまいました。しかしその恐怖に耐え、またとしあき様とふざけあえるようになったのも年を経たからです。繰り返しの中の緩やかな変化を楽しむこと。それが私が半世紀かけて学んだ日常を楽しむということです。誤っていますか?」

負うた子に教えられ、か。それでも、俺は明日死ぬとしても今日を楽しみたい。

「では老いることも楽しみましょう。長生きの秘訣ですよ」

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■ 第11話 ■


とシあき様、ソレデはアしたハ朝に起こサナくてモよろシいのでスね

「ああ、それでいい。声、どうしたんだ?」

あ、ア、ぁ、アア。どうヤら発セい装置がモウ禄ニ機能できナクなっているヨうでス。聞き苦シイ声でもウしわけアリません。

「ちょっと待て、外部音源に繋ぐ。これから外出する時が大変になるな」

ありがとうございます。携帯できなくない大きさの音源が倉庫にあったはずですから、明日それを探しておきます。

「口以外から声が聞こえるってのはどうにも変な感じだな。規格にあう音源が製造停止されているから見付からないだろうし、何より今のままだと見栄えが悪い。どうするかな」

それは問題です。喉で発声してるように見せる細工を考えないといけませんね。

「いつもみたいに『私を破棄し新しい物を購入なさったらどうですか』とは言わないのか?」

もう言いません。はっきりと拒絶を示されるまで傍にいます。墓場まででも付いて行く気ですよ。

「ずいぶん色気のある埴輪だ。これは気合を入れて手入れをしないといけないな」

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■ 第12話 ■

としあき様、私の右の小指を見ませんでしたか?どうも、落としたようで

「落としたって、指をか。気付かなかったのか?」

以前から神経が断線しているので、ついさっきまで気付きませんでした。

「いい加減だな。どこかに何か指の代わりになる物はなかったな?」

元々動いていなかった指がなくなっただけです。気を回していただく必要はありません。

「そうか、なら落し物を探すだけにしておくが。もう全身ボロボロだなお前。技術力的にはもっと長持ちしてもいいと思うんだけどな」

そうなれば買い替えの必要がなくなって、会社が倒産してしまいますよ。

「企業の理か。当然のことなんだろうが好きにはなれん考えだ。意図的に寿命を縮めるなんて嫌だな。それでも、おまえは自分が不幸とも感じないんだろうが」

そうでしょうか?主人の死後も独り生き続けることを思えば、限界までの稼動で主人と同時期に死ねることは幸福だと考えます。

「ずいぶんと浪漫な死を考えるんだな。まるで家電製品じゃないみたいだぞ」
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■ 第13話 ■

最近は食が細くなっているようですが、どこか悪くしましたか?

「いや、単純に衰えているだけだ。人間は食事にも力が要るんだよ」

それが理由だとしても、一度医者に診てもらってはどうでしょうか。正しい対処法や助言を貰うことを提案します。それも、できるかぎり早急に。

「医者に行ったところで、老いだけはどうしようもない問題だ。それより、なんでおまえの方が当事者の俺よりうろたえているんだ」

うろたえる、いえ、脅えていると判断します。私は自分及び主人の老化という状況への対処法を有しません。以前同様に対処できない事態に恐怖している、と思われます。

「難儀な奴だな。おまえが俺の状況に対処する必要はないんだぞ」

ごく普通の人間でも、主人や半生を共にした人生の伴侶の老いを認識した時は、対処したいと願いうろたえると推測します。

「わかった。今度ちゃんと病院に行く」

それでは今から病院の予約をとります。どうか、私の体以上にご自身の体に気を使ってください。どうかお願いします。

「ずいぶん気にしてくれるのは嬉しいが、本当に老いだけはどうしようもないんだよ」
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■ 第14話 ■

病院はどうでしたか?さらに元気がなくなったように見受けられますが

「心配性だな、普通に年寄りと言われたくらいだぞ。元気がないのは疲れているからだ」

心配します。私からはとしあき様が弱っている状況しか理解できないのですから。確認します、本当に大丈夫なのですね?

「大丈夫でなかったら入院している。少なくとも今こうしておまえの整備をできるくらいには健康だ」

わかりました。としあき様の健康を信じます。

「納得したのならこの話題は終了。暗い話題は勘弁だ」

そうですね。では明るい話しといっては何ですが、旅行にでも行きませんか?温泉につかって美味しい料理を食べれば若返りますよ。

「旅行か、それも悪くないな。でも今のおまえにとって温泉は危なくないか?」

あ、それは完全に思考の外でした。硫黄対策をしないと大変なことになりますね。としあき様一人だと心配ですし、どうしましょう。

「随分と間の抜けた話しだな。仕方ない、そっちはどうにかしてやるから旅行の予定はおまえが組むんだぞ」
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■ 第15話 ■

旅行の準備はこれでよろしいですか

「そうだな。旅行なんて久しぶりだから子供みたいに興奮してきた」

体調もかなり良好のようですね。私の張り替えた肌はどうでしょう?

「スベスベだ。まだ肌は悪くないと思っていたが、触り比べると痛んでたとわかるもんだな」

としあき様も若い娘のほうがお好きでしたか。

「好きは好きだが若いおまえなら尚良し。だが、一緒に歳をとってきたおまえはさらに良し」

ありがとうございます。私のような機能停止寸前の機械を寵愛する人は、おそらくとしあき様一人でしょうね。私にとっては本当に幸運です。

「おまえを愛するのは俺一人だが、自分と長期間ともにあった古い物を愛するのは俺一人じゃないだろうな」

そうだとしても、数万と出荷された中で、私がとしあき様と出会えた幸運に感謝したいです。

「おまえを選び抜いた俺の眼力にも感謝しろよ」

当然です。欲を言えば、調整されたからでなく、人間のように自らの感情でとしあき様に仕えたかったです。旅行、楽しみましょうね。

「随分とまあ人間みたいな言葉だな。浮かれ過ぎて今日眠れるか心配だ」
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■ 第16話 ■
元気を出してください、少し風邪をひいただけじゃないですか
「ん、まあ、そうなんだけどな」

旅行はまた次の機会があります。病は気から、元気を出してください。

「いや、旅行に行けなくて落ち込んでいるんじゃないんだ。前日に浮かれすぎて当日熱を出したことがな、どうにも恥ずかしくて」

たしかに、それではまるで子供ですね。お薬は飲まれましたか?

「昼に。まだ熱下がっていないかな」

すぐに夜の分も飲んでください。治る病気も治りませんよ。

「わかってる、ちょっとした風邪なのに薬が多くて面倒くさいんだ」

免疫力が低下しているからしかたないんですよ。お水どうぞ。

「なんだか薬飲んだだけで疲れてきた。今日はもう寝る」

まだ風邪が治っていないのですから、それが良いでしょう。気分が悪くなったら連絡を、すぐに行きます。では、ゆっくりお休みください。

「すいぶん心配をかけるな。ま、ただの風邪だから明日には元気になっているさ」
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■ 第17話 ■


としあき様、風邪の調子はどうですか

「微熱が続いている程度。ちょっと神経質になりすぎだぞ。そうだ、ここ数日おまえの整備できなかったな。こっちに来い」

まだ休んでいたほうがいいと思いますが、それでは失礼して。
「オイ、耳割れてるぞ。何時やった?」

50時間ほど前でしたか。まだ人の可聴領域程度の音は聞こえるので問題ありません。

「超音波が聞けなかったら空間の把握ができないだろう。今までどうしてたんだ」

自分の座標と詳細な地図があれば大丈夫です。目がまだ機能していますので動体の認識は可能ですし、なんの危険もありません。

「おまえは相互に機能を補えるようにできていなんだぞ。ほら見ろ、過負荷で情報処理装置の痛みがまた酷くなってる。自分で寿命を縮めてどうする。なんで俺に言わなかったんだ」

としあき様も苦しいとも辛いとも言わなかったじゃないですか!私には何も言ってはくれないのに…失礼しました。本当に正しく情報を処理できていないようです。以降、不調はかならず伝えます。

「随分と心配かけていたんだな。悪かった、今はもう本当に大丈夫だ」

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■ 第18話 ■

あら?嬉しそうですね、どうかなさいましたか

「書架を整理していたらな、おまえの取扱説明書が出てきた」

そんな物をまだ持っていたんですか?

「みたいだな。読んでいたら当時を思い出して妙に懐かしくて嬉しくて」

では私が一番最初に作った料理を思い出せますか?

「リンゴ一個。理由はおまえの購入資金に食費まで使ったから」

全くなんと愚かな人間だ、と判断したことを未だに憶えていますよ。

「そうそう、懐かしいな。おまえにはよく馬鹿と断定されたものだ」

事実愚かです、昔も、今も。当時のようにリンゴを剥きましょうか?

「遠慮する。馬鹿とは言葉が悪いな、趣味に全力投球しているだけだ」

趣味がすぎて生活ができなくなる人間を馬鹿というのです。ではリンゴジュースでも作りますね」

「悪いな。ああ、その通り俺は馬鹿だ。馬鹿と気付いて改めない大馬鹿だ。でも誰よりも人生を愉しんだ。だから
馬鹿でもいい」

愉しんだ、と過去形にしないで下さい。今のこの瞬間は愉しくありませんか?

「ずいぶん嫌味な切り返しを。愉しいに決まっているだろう。おまえといる時間なんだ」
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■ 第19話 ■

熱、下がりませんね

「もう一生このままかもな。まあ微熱だし気にする事もない」

そうでしょうか?ひょっとすると治せていたのかもしれません。無理をして私の整備をしたりしなければ、私に主人
の不調を見抜く機能があれば

「済んだことを悔やんでも仕方ない。気にするな」

でも、私の機能低下でよけいな苦労を負わせていなければ、もっと優れた者が傍にいれば、今とは違っていたか
もしれません。

「だから気にするなと言ってるだろう。俺は『今』を望んでいたんだぞ」

本当ですか?本当に私でよかったのですか?本当にこれでいいのですか?

「だったら、おまえは俺が早死にしても、一人で長生きしたいか?」

嫌です!嫌だから、ずっと後悔しているのです。

「俺もそうだよ。おまえを捨てての長生きなんてしたくない。前に我侭を言うと言っただろう。俺はおまえと一緒に生きたいんだ」

なら、それが幸せだと言い続けて下さい。生こそが幸福と記されている私の心を書き換えて下さい。信じたいのです、貴方の幸せを。

「随分と不便に出来ていたんだな、おまえ。それで苦しい思いをさせてきたのか。すまなかったな。今、とても幸せだぞ」
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■ 第19.5話 ■


「なあ今日一日、なんだかおまえ無表情だったな」

感情の機能を限界まで低下させてあります。そうでもしないと、言ってはいけないことまで言ってしまいそうですので。

「言ってはいけないこと?気になるな。言ってみろ、どうせ最期だ」

いいんですか?……死なないで下さい。それがとしあき様の幸福でないことは理解しています。
それがとしあき様の苦痛でしかないことも理解しています。それでも、私をおいていかないで下さい。

「なるほど、確かに聞かなければよかった」

だから、そう、言ったんです。

「畜生!死にたくねえ。まだ80年だぞ!畜生もっと格好良くわずかの無念を持って死ぬ格好いい爺としてああ糞。死にたくねえ」

申し訳ありません。やはり言うべきではありませんでした。申し訳ありません。

「まあ、本音を吐き出したらすっきりしたからいいか。…なあ、少し寒気がするから手、握ってくれないか」

ええ、いいですよ。私の温もりを感じますか?私の姿が見えますか?私の声が聞こえますか?ずっと、私は傍にいますから。

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■ 第20話 ■

少しよろしいですか?
貴方に逢いたい。貴方に触れたい。貴方に抱かれたい。
ずっとそばにいたい。
今は、ただそれだけの思考が私の心を締め、支配しています。
貴方という人はいてもいなくても本当に私を苦労させるのですね。
思えばこの半世紀、貴方には苦労ばかりかけられてきました。
でもその苦労すら心地良いいと思わせることこそが、一番苦労させられたことのでしたね。
そうそう、以前の言葉通りに私の思考装置を貴方のお墓に入れてもらう手続きが済んでいます。
あるいは機械も彼の世に行けるかも知れませんから、その時はそちらでも末永くよろしくお願いします。
最後に、生前貴方に伝えられなかった言葉がひとつあります。
私が機械で自らの感情を軽視無視していたからですが、今ならこの感情を信じることが出来ます。

としあき様、貴方を愛しています。

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